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千葉地方裁判所松戸支部 昭和50年(ワ)181号 判決

原告

佐喜川善一

被告

杉本秀貴

主文

一  被告は原告に対し金三一八万一五八二円及びこれに対する昭和四八年一月一五日から右支払いずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金一〇〇〇万円及び内金九九八万五八〇〇円に対する昭和四八年一月一五日から、内金一万四二〇〇円に対する同年同月一八日から各支払いずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は被告の運転する普通乗用自動車(習志野五五ね四〇〇九―以下被告車という)の助手席に同乗し、昭和四八年一月一四日午後二時三〇分頃、栃木県黒磯市寺子二三一三番地先県道上を進行中、被告は運転をあやまつて自車を道路前方左側の水田に転落させた。

そのため、原告は頸椎骨折、頸髄損傷、両上下肢痙性麻痺の傷害をこうむつた。

2  責任原因

被告は被告車の保有者で自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法第三条に基づいて本件事故による損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 入院治療費 金五五万六〇九〇円

(1) 福島整形外科病院 金一九万〇三一〇円

入院期間昭和四八年一月一四日から同年二月一三日まで三一日間

(2) キツコーマン総合病院 金五万八四七八円

入院期間 昭和四八年二月一三日から同年三月二七日まで 四三日間

(3) 松戸市立病院 金五万九七九二円

入院期間 昭和四八年四月一日から同年六月四日まで六五日間

(4) 熱海温泉病院及び竹川病院 金二四万七五一〇円

熱海温泉病院入院期間 昭和四八年六月五日から同年九月二四日まで一一二日間、竹川病院通院期間同年九月二五日から昭和四九年二月一六日まで一四二日間

(二) 付添費 金四〇万六九二五円

(三) 入院雑費 金一二万〇〇〇〇円

(四) 医師等に対する謝礼及び見舞客の接待費 金一二万一〇〇〇円

(五) 福島整形外科病院からキツコーマン総合病院のために要した寝台自動車代金 金五万五〇〇〇円

(六) コルセツト・ポータブルトイレ購入代金 金二万九八〇〇円

(七) 逸失利益 金一三五二万三五一九円

原告は本件事故当時五五歳(大正六年三月一二日生)の健康体で、肩書地において野田鶉園の商店で食用鶉、鶉ひな、肥料等の販売を業とし、年間少なくとも金一四六万七五五五円の所得を得ていたので、本件事故にあわなければ満六七歳に達するまでの一二年間はこれと同額の利益を得ることができた筈であるが、受傷により就労不能となつた。そこでこの得べかりし利益は新ホフマン式計算法により中間利息を控除すると

1,467,555×9.215=13,523,519(円以下切り捨て)

一三五二万三五一九円となる。

(八) 慰藉料 金五〇〇万円

原告は本件事故により前記のとおり長期間療養生活を送り、昭和四九年一一月から南熱海温泉病院で療養を続けているが両上下肢と頸部の麻痺は回復せず、一生涯身辺の看護を要する廃失者となつた。この精神的肉体的苦痛を慰藉するものとして金五〇〇万円が相当である。

4  損害の填補

原告は自賠責保険から金五〇万円の填補を得た。

5  原告の立替金

(一) 被告は本件事故の際、黒磯市望田地内の同市農業協同組合所有の電柱一本、外線三本を損壊し、同組合から復旧工事費金一万四二〇〇円の支払いを求められたところ原告は被告の依頼により昭和四八年一月一六日同組合に対し右金額を立替払いした。

(二) 原告は事故当日、被告から本件事故によつて水田に転落した被告車の引き上げ代金二万一〇〇〇円の立替払いを依頼され同日右金額を黒磯自動車板金工業株式会社に支払つた。

よつて、原告は被告に対し右立替金合計金三万五二〇〇円の支払いを求める。

6  そこで、原告は被告に対し、3記載の損害のうち金九九六万四八〇〇円と5記載の立替金三万五二〇〇円の合計一〇〇〇万円とそのうち5(一)記載の金一万四二〇〇円に対する立替払いの翌日である昭和四八年一月一七日から、その余の部分については本件事故及び立替払いの翌日である同年同月一五日から各支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1記載の事実は認める。

2  同2記載の事実のうち被告が被告車の保有者であることは認める。

被告車は原告が経営するいろり焼の原料である猪肉を仕入れるため、原告から依頼され専ら原告の営業目的のために運行の用に供していたものである。

3  同3記載の事実のうち、(一)、(二)、(五)、(六)の事実は認める。

同(三)(四)(七)の事実は知らない。(八)の事実は否認する。

4  同5記載の事実は否認する。同(一)については被告の全く不知の間に原告が支払つたもので支払いを依頼したことはない。同(二)については被告自らが支払つたものである。

三  抗弁

1  好意同乗による免責

被告は本件事故当日、原告からその経営するいろり焼の原料である猪肉を仕入れに行くについて同行を依頼された。その際、原告から原告所有の乗用車を使用するように指示されたが被告は同車に不馴れであつたところから被告が被告車を運転し、原告をその助手席に同乗させたものである。被告は目的地も道順も知らなかつたので出発時点から全く原告の指示に基づき、その指図通りに運転しその往路本件事故に至つたものである。

それがため、本件事故発生直後から、原告は自らの業務のための事故であるからとして、被告には責任がない旨の発言をしばしばしていたものである。

したがつて、被告が本件事故の責任を負担する理由はない。

2  原告の過失

仮りに被告に何らかの責任があるとすれば、次の事情を原告の過失としてその賠償額の算定に斟酌すべきである。

(一) 前段1の好意同乗の事実

(二) 前記のとおり被告は原告の具体的運転指示に基づいて進行し、本件事故現場に毎時二〇キロメートルの速度でさしかかつたところ、原告が不意に鋭い声を発し、被告の左手首付近をおさえたのでおどろいて急制動の措置をとつたため、車輪が滑走し、田に転落し本件事故に至つたものである。

四  抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三証拠〔略〕

理由

第一本件事故による損害賠償について

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  被告の責任について

1  被告が被告車を保有していることは当事者間に争いがない。

2  被告は、本件被告車は専ら原告の営業目的のために運行の用に供していたものであり、また原告はいわゆる無償の好意同乗者であるから被告には本件事故の賠償責任はない旨主張する。

原告及び被告の各本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

原告と被告は、昭和四四、五年頃、被告が千葉県に移り住んでから双方の父親同志が友人であつた関係で親しく交際するようになつた。原告はかねてから「野田鶉園」の名称で鶉の養殖、販売をし、野鳥料理店などの経営についても深い知識をもつていた。被告は柏市において飲食店を経営していたが、野鳥料理もあつかいたいと希望し、原告から材料の仕入れ、販売などの経営方法を親しく指導を受けて、野鳥料理をも商うようになつた。ところで、昭和四八年一月一四日原告のもとに栃木県黒磯市先の伊王野から猪が獲れたとの連絡が入り、原告はその肉を仕入れに行くことになつた。原告は前記のように被告の飲食店経営の相談相手をしていたので、被告のために少しでも安価に材料の仕入れができるとの配慮があつて、被告に同道を促した。被告としても、その材料の仕入れを原告に依存していた関係から、自らも直接仕入れ先を知つておきたい気持もあつてこころよく同道に応じた。出発にあたつて、原告は自己所有の乗用車を用意していたが、被告がその所有する被告車の運転に慣れているからとのことで被告車を運転することにし、原告がこれに同乗することになつた。しかし、被告は目的の地理に不案内であつたので、助手席に同乗した原告が道案内をし、被告は原告の指示に従つて伊王野に向つた。本件事故はその往路において発生した。

右認定に反する証拠はない。

この事実によれば、本件事故当時、被告車の運行は専ら同乗車である原告の利益にのみ関するものではなく、運転者である被告の利益もまた併存していたものというべきであつて、他に原告が専ら被告車の運行供用者であると認めるに足りる証拠はない。

被告の免責の抗弁は採用しない。

しかしながら、右認定の事実にてらして考えると、本件被告車の運行は主として原告の利益のためになされたものであり、被告のそれはいわば副次的なものであつたと認められ、被告の当該運行による利益は原告のそれとの対比において割合的に減少しているものというべきであるから、このような場合には、損害の公平な分担を指導理念とする損害賠償法の趣旨にかんがみ民法第七二二条第二項の規定を類推適用して「損害」の量的制限をはかるのが相当である。

そうすると、前認定の原告の同乗に至る経緯、目的、運行の態様等諸般の事情を総合勘案すると、被告に対しては、後記原告のこうむつた損害の全額について八〇パーセントを控除した残額の支払いを命じるのが相当と判断する。

三  原告の損害について

1  原告が本件受傷により、その主張のとおり入通院し、治療費として合計金五五万六〇九〇円を支払い損害をこうむつたことは当事者間に争いがない。

2  原告が右入院中付添費として金四〇万六九二五円を支払い損害をこうむつたことは当事者間に争いがない。

3  原告が本件受傷により昭和四八年一月一四日から昭和四九年二月までの間二五一日間入院し、一四二日間通院して治療したことは当事者間に争いがないので、経験則上少なくとも金一二万円の入通院雑費を要したものと認められる。

4  証人佐喜川ゆき子の証言によると原告の治療につき担当医師、看護婦に対する謝礼として少なくとも金一二万円を支出したことが認められる。当裁判所は本件受傷の程度、入通院の期間及び転院回数などにかんがみ、そのうち金五万円を本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害と認める。

なお、原告主張の見舞客に対する接待費についてはその具体的出費額を認定するに足りる証拠はない。

5  原告が福島整形外科病院からキツコーマン総合病院への転院のため寝台自動車を使用し金五万五〇〇〇円の支出をし損害をこうむつたことは当事者間に争いがない。

6  原告が本件受傷によりコルセツト・ポータブルトイレを購入し、その代金二万九八〇〇円を支出し損害をこうむつたことは当事者間に争いがない。

7  逸失利益について

(一) 成立に争いのない甲第一五号証、証人佐喜川ゆき子の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時、満五五歳一〇か月の健康な男性であつて、前認定のとおりの営業をなし、年間少なくとも金一四六万七五五五円の所得を得ていたことが認められる。

(二) 成立に争いのない甲第四号証、同第一八号証、証人佐喜川ゆき子の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故によつて、頸椎骨折頸髄損傷を受け、両上下肢痙性麻痺にかかり、歩行は可能であるが、つつかかるような歩行しかできないこと、頸部の運動は自動的、他動的に著明な制限がありほとんど強直状を呈していること、両上下肢、右手部の知覚に痛覚鈍麻が顕著であること、そのため、日常生活も思うにまかせず、温泉治療などをつゞけたものの、すでに症状は固定し、ほとんど回復の見込みがないこと、原告は昭和五〇年二月二八日千葉県から頸髄損傷による下半身不随を理由として身体障害者等級表による三級の認定を受けていることが認められ、右事実によれば、原告の就労稼働は将来とも不可能であると認めるのが相当である。

そうすると、右労働能力の喪失は稼働可能年限の六七歳までの一一年間存続するものと認められるので、原告のこの間の得べかりし利益の現価はライプニツツ式計算法により中間利息を控除し金一二一九万〇〇九八円(円以下切り捨て)となる。

8  原告の受傷の程度、治療経過、後遺傷害の程度など、無償好意同乗の点を除く諸般の事情を総合勘案すると、原告の肉体的精神的苦痛を慰藉するものとしては金五〇〇万円をもつて相当と認める。

四  原告の過失について

被告は、本件事故は、被告が毎時約二〇キロメートルの速度で事故現場にさしかかつたところ、原告が不意に鋭い声を発し、被告の左手附近をおさえたので、おどろいて急制動の措置をとつたため車輪が滑走して惹起されたものである旨主張する。

被告本人尋問の結果中には「黒磯市から一粁か二粁はいつた山道で上り坂を登り左カーブにさしかかつた地点から下り坂となり原告からスピードをおとすよう指示を受けたので時速二〇粁に減速して左カーブにかかつたところ急に原告が危ないという声を出すと同時にハンドルを握つていた私の左手に原告の手がふれたような気がしたので私がブレーキを踏んだため車がスリツプして事故になつた」旨被告の主張に添う供述部分がある。しかしながら本件全証拠によつても本件事故直前に原告が被告に対して大声で注意を促がさなければならないような切迫した危険状態が客観的にあつたと認めるに足りる証拠はないうえ、右被告の主張を否定する原告本人尋問の結果と対比して、前記被告の供述はにわかに措信することができない。

この点についての被告の主張は採用しない。

五  以上のとおりとすれば、被告に支払いを命ずべき損害額は前項三認定の損害金合計一八四〇万七九一三円の二〇パーセントに相当する金三六八万一五八二円であるが、原告がこのうち金五〇万円を自賠責保険から填補を受けたことは原告の自認するところであるからこれを控除すると、その額は金三一八万一五八二円となる。

被告は原告に対し右金銭の支払義務がある。

第二立替金請求について

1  成立に争いのない甲第一六号証、証人佐喜川ゆき子の証言(一部)によれば、本件事故の際、黒磯市望田地内の同町農業協同組合所有の電柱一本、外線三本が損壊し、原告側はその復旧工事に要する費用として金一万四二〇〇円を同組合に支払つたことが認められる。原告は、右支払いは当時被告から依頼されて被告のために立替払いしたものであると主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、右支払いは、原告の妻において、本件事故に至つた経過、原告の同乗するに至つた事情などから、被告に対し負担をかけられないとの配慮のもとに、被告に告げることもなく自ら進んでなしたもので、被告は本件訴訟に至るまで右支払いの事実を知らなかつたことが認められる。

2  成立に争いのない甲第一七号証、被告本人尋問の結果によれば、本件事故によつて、田に転落した被告車を引き揚げるため、黒磯自動車板金工業株式会社に依頼し、同社に対しクレーン車使用代として事故当日被告が金二万一〇〇〇円を支払つたこと、ところが二、三日後原告の妻は、被告に出費させるのは心苦しい、これは保険で請求できるからとのことで、右同額の金銭を被告に手交したことが認められる。

証人佐喜川ゆき子の証言中には、右金銭は被告の依頼によつて一時立替払いをしたとの供述部分があるが、右被告本人尋問の結果と対比してにわかに措信できない。

他にこの点についての原告の主張を認めるに足りる証拠はない。そうすると原告の立替金返還請求はいずれも理由はない。

第三結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は本件交通事故による損害賠償として金三一八万一五八二円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四八年一月一五日以降右支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条を仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中観一郎)

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